タスマニア リッチモンド&ポートアーサー(1)    TASMANIA Richmond & Port Arthur 1 

 
リッチモンドにあるオーストラリア最古の石橋

ホバートを出発

 今日は、ホバートから北東へ25kmほどの古い街、リッチモンドへ向かい、その後、また100kmほどを走って、ポートアーサーまでいく予定。朝、ゆっくり食事をしているうちに、結局出発は10時前になってしまった。
 昨日、クルーズで眺めたタスマニアンブリッジを超えてホバートに別れを告げる。そこから約10kmほどA3号線を走る間は、道幅も広く快適なドライブだ。でもB31号線に折れてからは、行き交う車は少ないが、周りに何もない穀倉地帯が続き、Richmond いう標識もないために、ちょっと不安になってきた。
 「ほんとに、この道かな?」とスーザンに確かめるが、彼女も、あまりドライブに慣れていないために、道の名前やナンバーをあまり覚えていない。不安がかなり高まってきたころ、Prospect House という看板が見えた。よかった、これで正解だ。ここは、1830年代に建てられた歴史的な建物で、今はレストランとアコモデーションになっているとガイドブックに書いてあった。そこから、数分間走らせると、急に美しい建物が目に入り、私たちはリッチモンドの街に中に入った。

 ここは、1820年代に入植が始まった歴史のある街だ。でもいまだに、1820〜30年代のジョージア様式の建物が、数多く残されていて、タイムスリップしたような気分にさせられる。

 コール川にかかるリッチモンドブリッジ(上の写真)は、1823年に、流刑囚によって建設された。川の土手は、ちょっとしたピクニック場所になっていて、この日もたくさんの人々が、訪れていた。
 でもこの橋のたもとには、夜中に幽霊が出るという話もある。というのは、囚人たちに嫌われていた作業監督が、囚人の一人に川へ突き落とされ、死んでしまったのだ。重労働に苦しむ囚人たちと、死んだ作業監督の思いが、この石橋には残されているのかもしれない。

オールドホバートタウン

 ここは、1820年代のホバートがそのまま再現したミニチュアの世界だ。3年間の労力をかけてつくられたこのモデルビレッジは、公開された1991年から3年連続タスマニアツーリズム賞にかがやいたそうだ。もうすでに10年以上の年月が流れているが、雨風にさらされているとは思えないほど、美しく保たれていた。
 ちょうどホバートからやってきた私たちは、前日に歩いた通りを思い出しながら、ミニチュアの町を眺めた。現在のパーラメントハウスや波止場のあたりは、この時代にはまだない。右下の写真で船が浮かべられているところは埋め立てられて、現在コンスティテューションドックと呼ばれる港の中心地になる。1940年にパーラメントハウスが建てられているので、その20年間の間に、今のホバートの地形が出来上がったのだろう。

 

 

 リッチモンド監獄

 1825年、ポートアーサーよりも5年早く建設された由緒ある(?)監獄。メルボルン監獄よりも20年も古いが、使用されていたのは1800年代後半までなので、規模も小さく設備も限られている。
 1945年に州の保存建築物と認められ、1971年以降、Historic Site (ナショナルパーク&ワイルドライフサービスという機関によって、分類された歴史的建造物)に指定され、保護されている。

 



 ↑少しわかりにくいですが、手動式洗濯機です

 → 独房内 電気もなく今にも崩れてきそうな壁の中から声が聞こえてきそうで、少し気味が悪く感じます
 と思ったとたん、ご丁寧に鎖をひきずる音と、低いうめき声のような録音が、勝手に流れてきて、あわてて外にでました

リッチモンドからポートアーサーヘ

 リッチモンドは本当にかわいらしい町だった。私たちは車で移動したが、実は歩いても町を1周するのにたいして時間はかからない。メインストリートは、オールドホバートタウンのあるブリッジストリートで、その通り沿いにジョージア風建物が、多く残されている。
 監獄の近くで、お客さんがいっぱいのベーカリーを見つけ、そこでタスマニアンサーモン(やっぱりこれだよね!)のサンドイッチを買い、リッチモンドブリッジのたもとでランチにした。寒いと聞いていたタスマニアだが、とてもお天気に恵まれてぽかぽかと暖かい。こんなのんびりしたところでボーっと過ごすのもいいだろうなあと思いながら、つい忙しい旅人の私たちは、次の目的地へ向かうことにした。

 リッチモンドから主要道路のタスマニアンハイウェイに出るまでは、少し道幅も狭く曲がりくねった道だったが、その後はかなり走りやすく、すぐ Sorell という町に入った。ここが、このあたりでは1番大きな町のようだ。そのまま素通りをするはずが、マーケットらしきものが目に入り、つい車をとめてしまった。マーケットでリンゴとジャムを買い、一気にポートアーサーのあるタスマン半島へ向かう。

 この日がイースター最後のお休みのために、ポートアーサーのアコモデーションはすべて予約が埋まっていた。旅行社が探してくれたのは、タスマン半島に入ってすぐの Norfork Bay に面したB&Bだった。(ここについては次回に回します)
 3時にそこにチェックインして、少し休憩をしたあと、Port Arthur Histric Site (ポートアーサー監獄遺跡)のもう少し南にあるリマーカブル・ケーブ Remarkable Cave を見に行った。(remarkable は「注目に値する」とか「見事な・すばらしい」という意味です。でも何て安易なネーミングだろうと思ってしまうのは、私だけでしょうか)

 それほど広い場所ではないので、見て歩いても30分ほどくらいだろうか。驚いたのは、景色があまりにもグレートオーシャンロードに似ていることだった。でもどちらも面している海は、南極に続いているのだと思うと、同じ海の水によって作られた自然の美であることには変わりがないのだから、当然かもしれない。

GORのロックアードゴージにも、左の写真と同じような入り江がある 規模は小さいが雰囲気はとても似ていた

見学用のボードウォークが作られているので、簡単に下まで降りることができる

 さて、今日最後の目的地はポートーアーサー監獄遺跡だ。かなり見ごたえがあるらしいし、しかも夜には、数人から勧められて「ゴーストツアー」なるものに参加する予定。子どもたちは、ゴーストツアーという名前だけで怖気づいている。でも私はとても楽しみにしていて、万が一のことも考えて、ずいぶん前に予約もいれてある。(シーズン中だと一杯になることもあるそうなので、ご注意!)
 監獄遺跡内では、1996年に、オーストラリア人なら誰でも知っている、史上最悪の無差別殺人事件が起こっており、次回はそのことにも少し触れてみたい。

         

         (ホバート編)      (ポートアーサー2)      


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