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 Nakkoの旅日記 

その1 リマの交通渋滞にバンコクを想う (ペルー)

  リマに到着したのは、もう真夜中だった。メルボルンをお昼の12時半ごろ出発し、14時間もかかってロスアンジェルスに到着。5時間の待ち時間の後、また8時間も飛行機に乗ったというのに、同日に深夜に着くなんて信じられない。まあ、ペルーは日本より14時間遅れ、オーストラリアはサマータイム中なので、まだ2時間も早く、16時間も差があるのだから半日以上得したことになるのだけど・・・。この時差のおかげで、その後ほぼ3日間、眠れない夜を過ごすことになった。年齢とともに、時差ほけへの順応力も落ちていくのだろうか・・・?

 深夜到着のため、空港までピックアップしてくれるホテルをネットで予約していた。おかげで空港を出てすぐに、私の名前のプレートを持ったおじさんがいて、すぐにホテルに向かった。私が予約したのは、治安がいい新市街のほうだが、どこをどう通っているのかも見当がつかないが、とても夜中の12時を過ぎていると思えない車の数と、人を見かける。そして、オーストラリアの習慣で、助手席に座ってしまったのは大間違いだった(オーストラリアでタクシーに乗るような生活ではないけれど、一人だと助手席に乗るのが一般的だ)。左ハンドルの助手席に座ると、まるで自分が運転しているのと同じ感覚になり、そのおじさんのすごい運転に、体中がこわばってしまった。でもリマにいる間中、安易にタクシーに頼っていたので、その乱暴な運転が、そのドライバーだけでなかったことを、とことん実感した。

 リマはかなり大きな都市で、見所も散らばっている。ユネスコの世界遺産に指定されている旧市街(セントロ)の歴史的建造物は、歩いて見て回れる範囲にあるが、10箇所以上ある博物館は、いろいろと散らばっている。新市街であるミラフローレンスは、乗合バスだと30分もかかる場所にあり、その間くらいに、高級ホテルやブティックの並ぶサン・イシドロという地区がある。リマの交通機関は、コンビやチャマという約10〜20人乗りのミニバスか、路線バスであるミクロ、そして膨大な数のタクシーである。コンビやチャマはフロントガラスに行き先表示があり、また車掌のような人が、行き先を叫びまくっている。どこでも泊まってくれ、人々は交差点のところで、指を立てて車をとめていた。路線バスの方は、ルートマップがないと、どこを通っていくのかわかりにくい。これらは40円ほどで、とても安いのだが、リマで丸2日間しか過ごさなかった私には乗りこなすのは到底無理で、その上、タクシーの料金の安さと早さを考えると、日頃タクシーに縁のない私でも、すべての移動をタクシーに頼ってしまった。

 とにかく車の量が半端でなく、新市街から旧市街へも20分ほどかかる。それでも、たいてい7ソル(240円ほど)で、目的地まで連れて行ってもらえる。タクシーはメーター制ではなく、乗る前に交渉しなければならない。一応、片言のスペイン語で、値段を聞くことくらいはできたので、それほど大変ではなかった。 それに、ペルーにはツーリストポリスという観光専門の警察官がいて、道案内もしてくれる。タクシーの相場を聞くと、親切にタクシーを止めて、その値段で行くように話してくれるので、ツーリストポリスが近くにいれば、頼むことができた。自分で交渉したときは、2,3回、ふっかけられたが、1度は、あまりの値段に交渉もせずその場を立ち去り、もう1度は、値切るとちゃんとその値段になった。

 何回か乗って気づいたことは、交通量の割には、リマの町は信号があまりにも少ない。大きな幹線道路にはあるのだが、それ以外はほとんど見かけないのだ。それなのに、タクシーの運転手は交差点を無理やり横切っていく。車線変更も、右折左折も、ウインカーを出さないことがよくある。どうして、あれで衝突しないのだろうか。私にしてみれば、かなりの車が、無茶な運転で、怒鳴りたくなることばかりなのに、タクシーの運転手は、平気で避けたり、横入りしたりする。でも、たまに、何か叫んでいるようなので、、やはりある程度のルールがあるのだろうかと思う。 たった2,30cmの幅で、車同士がすれ違っていくようで、私は、両足に力が入り(オーストラリアでは、ずっとマニュアルで運転していたので)、もし自分の側にも、ブレーキとクラッチがあれば、踏みまくっているのではないかと思っていた。

リマのタクシー  タクシーには、ちゃんと正式な許可を得た黄色い車と、簡単な許可だけのタクシーがあるようだ。個人タクシーなので、車もいろいろなものが走っている。前に、TAXIというビニールシールを貼り付けているだけだ。私が、セントロから乗ったタクシーは、なんと「富士食品」というロゴが、車体の横に入ったままのバンだった。他にも、日本の文字が入った車を見かけたので、中古車として入ってきて、そのまま使っているのだろうが、この元の持ち主の会社は、これを見たらなんと思うだろう。


 リマからナスカへバスで向かったとき、いくつかの町を通っていった。そのときに、これもまたバンコクを思い出させるトゥクトゥク(タイ語では、三輪自動車のタクシーをこう呼ぶ)を見かけた。道路に沿って並んでいる屋台も、バンコクそっくりの風景で、とても懐かしかった。リマでは、トゥクトゥクは見かけなかったので、やはり地方にしか残っていないのだろうか。それに、バンコクももう10年以上も訪れていないので、走っていないのかもしれない。ただ、私の記憶に残るバンコクは、やはりこんな風景だったのだ。 三輪自動車


 
 リマは、このあと訪れたどの町よりもバンコクに似ていた。10数年前に、私が毎年訪れていたバンコクに。そのためか、初めて訪れた気がせず、ずいぶんリラックスして歩いていた。もちろん町にあるのは、仏塔を持つお寺ではなく、違った美しさを持つ教会だ。そこには、ヨーロッパの町と同じような静けさと厳かさがある。
 久しぶりの一人旅のスタート地点をリマに選んだのは正解だったかもしれない。クスコやマチュピチュというインカの遺跡を最初に見たかったこともあるが、チリやアルゼンチンに比べると、治安が悪い国だと聞いたので、最初に緊張感を持って、困難なところを終えてしまおうとも思ったのだ。でも、幸いペルーのどこでも恐ろしい目にあわず、ちょっとアジア的な食べ物にも大満足して、私は、次の国へ向かうことになった。